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伝説の名馬・リボー
2008-09-14 Sun 20:35
え~っと、一応今日もスタホりましたが進展無しっす…。汗

素質ダウンした血統がサラ馬になった程度でコイツを未出走全漬け中。あと初代でSW馬が誕生しましたが2代目SWループ…、しかも牝馬地獄絶賛稼働中!!爆


さて…、しょうもない厩舎状況は置いといて本日の伝説の名馬はリボーです。前回紹介したブリガディアジェラードが成しえなかった「欧州最高連勝16勝」

この偉大な記録を保持しているのがリボー。しかも生涯無敗で近年の欧州競馬界では非常に難しい「あの」大レースを連覇しました!!


完璧な彼の戦績をどうぞ~☆





1950年代中頃に活躍したイタリアの競走馬・種牡馬である。16戦16勝、凱旋門賞連覇とほぼ完璧な競走成績を持ち、20世紀最強の1頭との声も高い。引退後は種牡馬としても成功した。20世紀イタリアのスポーツ選手第4位。


■生い立ち
リボーは1952年、イギリスのナショナルスタッドで生まれた。生産者であるフェデリコ・テシオはイタリアの天才馬産家で、年間十数頭の小規模な馬産活動ながらリボー以前にもネアルコ(Nearco)、ドナテッロ(Donatello II)等を生産し「ドルメロの魔術師」と呼ばれていた。母ロマネラ(イタリア2歳チャンピオン)、父テネラニ(デルビーイタリアーノ優勝馬)共に彼の生産馬である。テシオはテネラニをロマネラに交配した後イギリスに売却したが、翌1952年の春、テシオは念のためもう一度ロマネラにテネラニを交配すること考え、ロマネラをイギリスに送った。その時に生まれた小柄な鹿毛の牡馬がリボーである。このため血統、関係者共にイタリア色が濃いにもかかわらず、生産国はイギリスとなっている。このようなケースはテシオの生産馬には多い。

生後すぐにイタリアに渡ったリボーだったが、子馬のころは大変小柄で、牧場でのあだ名はイタリア語で「ちびっこ」の意を指すイル・ピッコロ(Il Piccolo)。テシオも「なぜだか分からないが小さいながらも馬体には素質を感じさせる」と素質を認める一方、小柄だったためクラシック登録をしなかったとされる。また、若い頃は人懐っこく物を隠すなど悪戯好きな側面も見せていたという。テシオはこの仔馬にフランスの画家「テオデゥル・オーギュスタン・リボー」に因み、リボーと名付けた。

デビューに際してはテシオ厩舎のベテラン厩務員の1人マリオ・マルチェシが担当に決まった。彼が後年リボーを選んだ理由として語るには「賢そうな顔立ちと、動作が気に入った。なにより根性がありそうだ」とのこと。


■2歳時
テシオはリボーがデビューする僅か2ヶ月前に亡くなり、自身の最高傑作のレースを見る事はなかった。そのためテシオの盟友インチーサ・デッラ・ロケッタ侯爵が馬主となりデビューした。

2歳時は、イタリアのグランクリテリウムを含む3戦全勝でイタリアの2歳チャンピオンとなった。レースぶりはスタートから先行集団につけ、直線に入ってから後続を突き放すというスタイルであり、イタリアのグランクリテリウムで騎手が抑える競馬を試したところリボーはやる気を無くしアタマ差勝ちと生涯唯一の苦戦を経験している。


■3歳時
クラシック登録がないリボー陣営は目標を故テシオの悲願だったフランスの凱旋門賞に定め、プレップレースのベサナ賞では後のイタリアのセントレジャーステークス優勝馬デレイン(Derain)に10馬身差をつけて完勝しフランスに遠征した。凱旋門賞では2番手を追走。最終コーナーで先頭にたつとリボーはそのまま後続を引き離し、ゴールではボウプリンス(Beau Prince)に3馬身差をつけて余裕の勝利を決めた。しかもこの僅か2週間後にイタリアの大レースジョッキークラブ大賞で前年の勝ち馬ノルマンを相手に15馬身差で勝利している。


■4歳時
4歳になってもリボーは圧勝を重ねた。初戦のグィリオヴェニノ賞を4馬身、2戦目のヴィチュオーネ賞を12馬身、3戦目のガルバニャーテ賞を8馬身、イタリア最大のレースミラノ大賞典を8馬身と圧勝するが、イギリスでリボーの評価が低かった為、リボー陣営はイギリス遠征を決断しキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスへ出走、これを当時のレース最高着馬身差の5馬身の快勝をするとイギリスでの評価を覆した。この後、2度目の凱旋門賞を迎える。各国のクラシックホース7頭(他にワシントンDCインターナショナル勝ち馬マスターボーイング、翌年の凱旋門賞馬オロソ等もいた)、初めてアメリカからの遠征馬(ワシントンDCインターナショナル勝ち馬フィッシャーマン、ベルモントステークス2着馬キャリアボーイの2頭)を迎えた高レベルな凱旋門賞となったが、デビュー以来の15連勝を重ねたリボーは1.6倍の圧倒的1番人気に押されていた。レースは前年の再現で、3番手を追走し、直線で先頭に立つと独走態勢、6馬身差で圧勝した(史上最大着差、しかも写真等から実際には8~10馬身あったといわれている)。リボー16戦全勝のキャリアは20世紀欧州の連勝記録で、合計着差は100馬身に迫るものだった。





※フリー百科辞典参照



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