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伝説の名馬・シャーガー
2008-11-18 Tue 22:00
ちょっと久々の名馬シリーズですね。たまにはやっとかないと忘れられちゃいますからね。笑


今回の伝説の名馬は「シャーガー」です☆


彼の事で真っ先に連想するのは、誘拐ですね…日本では有り得ない出来事ですが、実際に起こった事です。今も尚、行方は分かっていません…すべてにおいて謎多き彼ですが、実力は確かなものでした。もし…と、考えると間違いなく数々の歴史的偉業を達成していたことでしょう。



シャーガー(Shergar、1978年 - 不明)
イギリスの競走馬。エプソムダービーを史上最大の着差となる10馬身で圧勝しながらも、1983年に誘拐され行方不明となった。1981年カルティエ賞年度代表馬、インターナショナルクラシフィケーション140ポンド(史上2位)。この馬を描いた同名の映画「Shergar」がある。


現役時代
シャーガーは1978年にアーガー・ハーン4世が所有する牧場で生まれた。2歳になるとイギリスの調教師マイケル・スタウトの元へ預けられ調教を受けた。馬名の由来は不明。アーガー・ハーン4世本人にしか分からないらしい。

9月にはニューベリー競馬場でデビュー、クリスプレートとというレースを楽勝する。しかし、続くG1フューチュリティステークスに出走したところベルデイルフラッターという経験馬相手に善戦するものの2着に敗れた。

翌年はクラシック戦線を前にシャーガー陣営は目標をダービー一本に絞った。初戦のクラシックトライアルを10馬身もの大差で勝利すると、続くチェスターヴァーズも12馬身差で余裕の勝利。年明けには34倍に過ぎなかったエプソムダービーの人気も1.9倍の堂々1番人気に推された。好位からレースを進め直線入り口で先頭に立つと、そのままダービーレコードの10馬身差で圧勝した。騎乗していたスインバーンは「あんな大差が付いてるとはちっとも気づかなかったよ。」とコメントを残している。

アイリッシュダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスも4馬身差で連勝。だが、次走に選ばれたレースには誰もが驚いた。既に権威の失墜していたセントレジャーステークスであった。シャーガーは英三冠がかかっていたわけでもなく、他にいくらでも消耗の少ない距離・コースでの凱旋門賞へのプレップレースはあった。そして迎えた同レースだが、大したメンバーもおらず、当然の如く圧勝するものと思われていた。しかしながら、4着と惨敗を喫してしまう。出走理由、惨敗、いずれも全くの謎である。更に更に、目標レースであったはずの凱旋門賞も回避し、そのまま引退、生まれ故郷のバリメニー牧場で種牡馬入りしてしまった。 キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス前には、40株で総額1000万アイルランド・ポンド(約43億円)で既に種牡馬シンジケートが組まれており、既に種牡馬としての評価への影響もなく、この引退も全くの謎であった。


誘拐事件
1982年の春には44頭の牝馬と交配され翌年28頭の仔馬が生まれた。しかしその年の繁殖シーズンが始まる直前の2月8日夜9時頃、アイルランドにあるアーガー・ハーン4世のバリーメニー牧場に男6人が侵入すると牧場長を銃で脅してシャーガーを連れ去ってしまう事件が起こった。翌日、200万ポンド(7億円超)の身代金を要求する電話があり、シンジケート側がこれを拒否すると、犯人グループの連絡は途絶え、真相は闇の中に葬られた。アーガー・ハーン4世に恨みを持つ者の犯行、アメリカに連れ去られた等様々な説が流れたが、結局は分からなかった。

8年後の1991年、イギリス新聞ザ・サンの1面に「シャーガーは生きていた。去勢されているが元気であり、7月のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走予定」との記事が掲載された。結局エイプリルフールのジョークだったが、このことは日本でもよく知られている。 毎年エイプリルフールには、英国各地でシャーガーが発見されている。

さらに1992年、別件で逮捕されたIRA暫定派のメンバーからの証言として、IRA暫定派が資金確保のため誘拐し、シャーガーが暴れたためすぐ射殺されたとの証言が得られたとサンデータイムに掲載される。

1996年、サンデータイム。北アイルランドのダンゴール州で、シャーガーの遺体らしき骨を発見と報道。しかしこれもエイプリルフールのジョークと判明。

1999年、ハリウッドで映画化。映画はシャーガーを大切にしていた一人の少年によって助け出されるストーリーで作成された。

2000年、バリーメニー牧場から160km離れた山中で2つの弾痕がある馬の頭部が袋に入れられた状態で発見され騒ぎに。獣医師の学生がシャーガーから採取した毛2本、シャーガーの産駒とのDNA鑑定が進められた。しかしDNAは一致せず、さらに2歳頃の仔馬の骨であることがわかりシャーガーとは無関係だった。

現在、シャーガーの名を冠し8月にアスコット競馬場で騎手招待競走のシャーガーカップが開催されている。

シャーガー




※フリー百科辞典参照

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