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伝説の名馬・ヘロド
2008-12-07 Sun 00:44
久々に「伝説の名馬」を紹介したいと思います☆

今回は…「ヘロド」です♪

フォースになってからSW戦にて初参戦した彼。現実的には、競争馬よりも種牡馬として有名です。

前回紹介したエクリプスよりは戦績的に劣りますが、種牡馬としての活躍が素晴らしく一気に彼の血を受け継ぐ仔が増えていきました。その末裔も今では数少ないのが現状ですが、絶えずに繋げていって欲しいものです。


ヘロドまたはキングヘロド(Herod、King Herod、1758年 - 1780年)
18世紀後半に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬である。サラブレッド種の成立に極めて大きな役割を負い、残した血量はあらゆる時代のいかなる種牡馬・繁殖牝馬をも凌駕している。馬名はヘロデ大王に由来、かつてはキングヘロドと呼ばれていた。


主な勝ち鞍
1763年
ロマンに対する500ギニーの競走
1764年
ターターに対する300ギニーのスウィープステークス
トムティンカーに対する1000ギニーのマッチレース
アンティノスに対する500ギニーのマッチレース
1765年
アンティノスに対する1000ギニーのマッチレース
1767年
アスカムに対する1000ギニーのマッチレース

種牡馬成績
勝利産駒:497頭
総獲得賞品:20万1505ポンド以上及び2100ガロンの赤ワイン
チャンピオンサイアー:8回(1777 - 84年)

生涯
ヘロドは後にエクリプスも生産する軍人、カンバーランド公爵ウィリアム・オーガスタスによって生産された。エクリプスはカンバーランド公の死のためウィリアム・ワイルドマン所有で走っているが、ヘロドは当初カンバーランド公の所有で走っている。記録上では5歳になる1763年、ニューマーケット競馬場で行われた4マイルのレースで勝利したのが初めてのレースであり、その後も勝ち進んだ。翌年強豪として知られていたアンティノウス(Antinous)とのマッチレースがニューマーケットで組まれこれを下す。アンティノウス陣営は翌年もう一度再戦を申し込み再びマッチレースが組まれたが、またしてもヘロドの勝利に終わった。

このマッチレースが行われた1765年、カンバーランド公が死亡したためジョン・ムーアが購入し所有者が変わっている。その後は環境の変化からか体調を崩し不調が続いたが、1767年には復活を果たし、前年敗れたターフに雪辱すると、引退レースとなった1000ギニーのマッチでもアスカムに勝った。通算成績は10戦6勝で、一応一流と呼べるべき水準には達しているが、超一流とまでは行かない程度であった。

だが、引退後種牡馬入りするとヘロドの評価は急上昇する。馬主であるジョン・ムーアの元で種牡馬入りすると、当初は10ギニーと安い種付け料であったが、初年度からフロリゼルを輩出した。その後も18世紀三名馬の1頭に数えられるハイフライヤー(12戦無敗)などが活躍しヘロドの勢いは加速していった。同時期に三大始祖のもう一頭であるエクリプスも種牡馬として活躍していたが、エクリプス産駒の勝利頭数が344頭だったのに対して、ヘロドは497頭とそれを引き離していた。エクリプスの344頭という数字も極めて優秀なものではあったが(参考:それまでの大種牡馬とされていたマッチェムが354頭)、ヘロドとその産駒ハイフライヤーの活躍はそれを凌いでおり、エクリプスはついに一度もリーディングサイアーを取ることができなかった。

このヘロドの影響は極めて大きく、今日のサラブレッドへの影響を血量に換算して計算すると、過去の種牡馬、繁殖牝馬のどれよりも高い数値を出す。ヘロドの成功は、サラブレッドという馬種の成立に少なからず貢献した。

リーディングサイアーの獲得年数は後世の研究によれば1777 - 84年の8年。ヘロドは死後4年たってリーディングサイアーを明け渡すが、すぐに代表産駒ハイフライヤーがリーディングサイアーの座につき、1785-96年,98年の計13回リーディングサイアーを獲得し、父に続く成功を見せた。さらにハイフライヤーの代表産駒サーピーターティーズルも1799-1802,04-09年の計10回(又は9回)リーディングサイアーになり、この系統だけで33年間で31回もリーディングをとることになった。このため18世紀後半から19世紀前半にかけてサラブレッドの主流血統は現代ではマイナーなヘロド系であった。

しかし、ヘロドからサーピーターティーズルの三代があまりに成功しすぎたため、配合の幅が狭まる、近親交配の弊害などによりセントサイモンの悲劇と同様の現象が起き衰退した。ヘロド系は現在も存続しているが、活躍している種牡馬は僅かであり勢力は小さい。

ヘロド


※フリー百科辞典参照



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