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伝説の名馬・ザルカヴァ
2010-03-11 Thu 22:03
ザルカヴァ(Zarkava)
フランスの競走馬である。2008年の凱旋門賞を制すなどG1競走5勝を挙げたが2008年10月13日、競走馬引退が発表された。

2007年(2歳)
9月にロンシャン競馬場でデビュー戦を勝ち、続くマルセルブサック賞では直線で前が詰まり、残り300mの地点では先頭と5馬身の差があったものの、そこから抜け出し2着に2馬身半差をつける勝利で後の活躍を期待される。

2008年(3歳)
休養明け初戦となった3月のグロット賞(G3)を制し、デビュー以来からの連勝を3に伸ばして迎えたプール・デッセ・デ・プーリッシュ(仏1000ギニー)をレースレコード1.35.2で制して無敗でG1競走2勝目を挙げた。この勝利はアラン・ロワイエ=デュプレ厩舎とクリストフ・スミヨンにとっては前年のダルジナに続くプール・デッセ・デ・プーリッシュ2連覇達成となった。

続く6月8日のディアヌ賞(仏オークス)は、前走強い勝ちだったことから圧倒的な1番人気に支持され、大外から差し切り2着のギャニョア(Gagnoa)に3馬身の差を付けて勝利し、レース後にスミヨンはザルカヴァの事を「牝馬版ダラカニ」と称した。ヴェルメイユ賞でも圧倒的1番人気に支持され、スタートで出遅れ最後方からレースを進めることになったが、最後の直線残り300m大外の位置からスパートして一気に追い上げ、先に抜け出していたダーレミ(Dar Re Mi)を残り100mで捉えて、2馬身差で勝利し、無敗でフランス牝馬三冠を達成した。さらに芝状態は稍重だったにも関わらず勝利タイムの2分26秒0は2002年にパリーシェルズ(Pearly Shells)が記録したレースレコードタイだった。

10月にはフランス競馬の最高峰凱旋門賞に出走し、直線で前がふさがるも他馬を弾き飛ばしてユームザイン、デュークオブマーマレードら古馬を相手に2馬身差の圧勝劇を演じた。3歳牝馬としては1982年のアキイダ以来26年ぶり、牝馬としては1993年のアーバンシー以来15年ぶり、そしてサガミックス以来10年ぶりに無敗のまま凱旋門賞を制した。

10月13日に競走馬を引退し繁殖生活に入ることが発表された。初年度の配合馬はダラカニであり、2年目はシーザスターズが予定されている。

同年秋に発表されたトップ50ワールドリーディングホースでは、GI3連勝でブリーダーズカップ・マイルを制したゴルディコヴァを押さえ、牝馬ではトップの127ポンドに評価された(全体では4位タイ)。


※フリー百科事典

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伝説の名馬・ウェストオーストラリアン
2010-03-06 Sat 20:55
ウェストオーストラリアン(West Australian)
イギリスの競走馬。19世紀中ごろ活躍し、1853年に史上初となるイギリスクラシック三冠を達成した。他にアスコットゴールドカップ等。種牡馬としては失敗に終わったが直系子孫は残っている。

生涯
デビュー戦のクリテリオンステークスこそスピードザプロウの2着に敗れたが、次走グラスゴーステークスではスピードザプロウを破り雪辱した。ウェストオーストラリアンは抜群の勝負強さを持った馬で、特に馬体を合わせたときの勝負強さは目を見張るものがあった。そのため接戦が多かったが、2戦目以降一度も負けなかった。

3歳時は2000ギニー、エプソムダービー、セントレジャーステークスとも接戦ながら確実に勝利し、イギリスクラシック三冠を達成した。3歳時はこの3競走以外には単走しか出走していない。4歳時には当時古馬路線の最高峰であったアスコットゴールドカップもやはりハナ差で制し、2戦目からの10連勝で引退した。

引退後は種牡馬となったが、1歳上にストックウェルがいたこともあり成功はできなかった。代表産駒はオークスに勝ったサマーサイドである。他に不敗のバーカルダインを出したソロン、アメリカに輸出され種牡馬として成功したオーストラリアン等を輩出した。ソロンの直系子孫にハリーオン、オーストラリアンの直系子孫にマンノウォーがいる。

220px-HarryHall-WestAustralian.jpg


※フリー百科事典参照

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伝説の名馬・ザフライングダッチマン
2010-03-01 Mon 20:43
またまた伝説の名馬シリーズをお届けします☆

因みに我が主戦場では必ずと言っていいほど、サイドするクラブ員様が…以外と侮れないっすね、ダッチマン(笑)


ザフライングダッチマン(The Flying Dutchman)
イギリスの競走馬。19世紀中頃の強豪で16戦15勝、エプソムダービー、セントレジャー、大ロシア皇帝陛下プレート(現在のアスコットゴールドカップ)勝ち等の成績を残した。セントサイモンの父ガロピンのブルードメアサイアーでもある。

競争時代・種馬時代
2歳時はシャンペンステークス等5戦5勝、3歳になっても勢いは止まらず8ヶ月ぶりに出走したエプソムダービーでもホットスパーを下し勝利、さらにセントレジャーも勝利しイギリスクラシック二冠を達成した。4歳になっても大ロシア皇帝陛下プレートを8馬身で圧勝するなどしたが、ドンカスターカップで生涯唯一の敗戦を喫している。相手は無敗の二冠馬ヴォルティジュール(セントサイモンの父方祖先)で、ザフライングダッチマンの騎手チャールズ・マーロウは泥酔しての出走だった。このため馬主・エグリントンはすぐに再戦を申し込み翌年2頭のマッチレースが実現した。

マッチレースはヨーク競馬場の2マイルで行われ、掛け率は互角。ザフライングダッチマンには名誉回復のためにマーロウが跨っていた。レースは当初ヴォルティジュールが先行し、その3馬身後をザフライングダッチマンが追った、そして直線入り口からゴールまでは2頭ならんでの激闘が展開され、競馬史に残るマッチレースとして現代に語り継がれている。結果は徐々に差をつけたザフライングダッチマンが先にゴールに達し、1馬身差でヴォルティジュールに雪辱した。ザフライングダッチマンはこのレースを最後に現役を退いている。なおマーロウは名誉回復を果たしたものの、泥酔の件が大きく響いて信用を失い、次第に競馬界から追い出される形となり、最期は貧乏窟で亡くなった。

引退後は種牡馬となったが程なくフランスに輸出された。現役時代からの期待に比べれば成功したとはいえないが、フランスでの産駒ドラールがアンドロクレスを出し直系を繋いでいる。子孫はトウルビヨンや日本ではシンボリルドルフ、メジロマックイーン、トウカイテイオー等が代表格である。


※フリー百科事典参照

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伝説の名馬・プリティーポリー
2010-02-23 Tue 21:49
前回に引き続き「伝説の名馬」を紹介しますね☆


プリティーポリー(Pretty Polly)
イギリスの競走馬である。主な勝ち駒はイギリス牝馬クラシック三冠。牡馬を相手に15連勝した。「Peerless Polly(天下無双のポリー)」の異名を持つ。

デビュー前
プリティーポリーは1901年にアイルランドのエアフィールド・ロッジ牧場で生まれた。生まれた直後から美しい栗毛の馬体をしており、生産者のユースタス・ローダは直ちに「麗しいポリー(Pretty Polly)」と名付けた。プリティーポリーは牝馬とは思えないほどたくましい馬体の持ち主で、デビュー前からローダが生産馬を集めて行った模擬レースで優れたパフォーマンを見せた。ローダはプリティポリーの能力を高く評価し、デビュー前に1000ギニーとオークス、さらにセントレジャーステークスの出走登録を行った。

競争馬時代
プリティポリーは1903年6月にデビューし、後にダービーステークスで2着になったジョンオーガウントに10馬身[1]の着差をつける勝利を収めた。この後プリティポリーはチェヴァリーパークステークス、ミドルパークプレート(後の二冠馬セントアマントに3馬身の着差をつけた)など1200m以下のレースを8連勝し、9戦9勝でこの年のシーズンを終えた。

翌1904年、プリティポリーはステップレースに出走することなく1000ギニーに出走した。1200m以下のレースにのみ出走していたことで、1600mの距離をこなすことができるか疑問視する向きもあったが、1分40秒のレコードタイムを記録して優勝すると続く2400mのオークスも勝利し、秋には約2900mのセントレジャーステークスでヘンリーザファースト、二冠馬セントアマントらを破り牝馬クラシック三冠を達成した。セントレジャ-ステークスの後パークヒルステークスを優勝しデビュー15連勝を達成。この記録は現在でもリボーの16連勝に次ぐ記録で、ブリガディアジェラードに並ぶ20世紀欧州第2位の記録である)。破れたレースはフランスに遠征して出走したコンセイユミュニシパル賞で、輸送に遅れが生じたことが祟ったとされる。

翌1905年は、初戦のコロネーションカップをレコードで勝ったものの目標としていたアスコットゴールドカップを前に故障を発症し休養を余儀なくされた。秋には復帰しチャンピオンステークスやジョッキークラブステークスを優勝。翌1906年もアスコットゴールドカップを目標に据え、コロネーションカップなど2レースを勝って臨んだがゴール前でバチェラーズバットンに交わされ2着に敗れた。この時 バチェラーズバットンに騎乗していたメイハーはかつて2400mのコンセイユミュニシパル賞でプリティーポリに騎乗したことがあり、同レースの敗因について「プリティーポリーは偉大な馬だがステイヤーではない」と距離の長いレースへの適性のなさを敗因に挙げており、超長距離戦(4000m)のアスコットゴールドカップにおいて自らの手でそのことを証明する結果となった。プリティーポリーはアスコットゴールドカップの後故障を発症し、競走馬を引退した。


※フリー百科事典参照





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伝説の名馬・オーモンド
2010-02-18 Thu 22:46
超久々の「伝説の名馬」シリーズの復活です(笑)

今回はオーモンドです、当然なんですが…リアルは強いです(笑)


オーモンド(Ormonde)
、イギリスの競走馬・種牡馬。19世紀末に史上4頭目のイギリスクラシック三冠を達成し、16戦不敗の成績を残した名馬である。不遇の晩年を送り、種牡馬としても成功することはできなかった。

生涯
母リリーアグネスは2-5歳時にイギリスで走り32戦して21勝、ドンカスターカップなどに勝った。産駒にはオーモンドのほかに1000ギニーに勝ったフェアウェルや、プリンスオブウェールズステークスのオソリー、未勝利馬ながらセプターの母となったオナーメントがいる。父ベンドアは初代ウェストミンスター公のもとエプソムダービーに勝った馬で、オーモンドはこの2頭の間に、母から見れば第3仔として生まれた。生まれた頃は馬格が小さく、膝が曲がっていた。その後も成長が遅れぎみであったが、2歳の春にかけて成長目覚しく、10月にニューマーケットでデビューするころにはすばらしい馬体に成長していた。

初戦は1馬身差で勝ちデビュー戦を飾る。2戦目のクリテリオンステークスも楽勝。さらに2日後に行われたデューハーストステークスも獲得し2歳戦を終えた。

3歳時
翌シーズンの初戦は2000ギニーとなった。11対10という圧倒的一番人気に押されたミンティングが逃げたが、オーモンドはこれを並ぶまもなくかわすと2馬身差で1冠を獲得した。エプソムダービーはザバーブが相手となったが1馬身半差で完勝した。ダービー後はセントジェームズパレスステークス、ハードウィックステークスに勝った。

秋はセントレジャーステークスから始動。セントミリンに4馬身の差をつけ勝利し史上4頭目のイギリスクラシック三冠を達成した。さらに2ヶ月の間にチャンピオンステークスを含む5戦全て勝利し、デビュー以来の連勝を13に伸ばしたところで休養に入った。

4歳時
このころオーモンドには異変が起きていた。既にセントレジャーの前には母のリリーアグネスが患っていた喘鳴症の兆候が現れていた。もっともこの時点では動きそのものに大きな問題は無く、ポーターは現役を続行させることを決めた。ロイヤルアスコットのルースメモリアルステークスに出走させ、25ポンドも斤量の軽いキルウォーリンに6馬身の差をつけて優勝した。この時ゴールしてから半時間も拍手が止まらなかったと伝えられている。

しかし喘鳴症は確実に悪化していた。ハードウィックステークスはミンティングとの再戦になりオーモンド生涯唯一の苦戦を経験する。2000ギニーでは破ったものの元々ミンティングはかなり強い馬で、オーモンドを避けて出走したパリ大賞を5馬身差で圧勝する実力の持ち主だった。レースはかなり激しいものになり、何とか首差で勝ったものの既に限界に達していた。インペリアルゴールドカップという短距離戦を引退レースとして16戦のうち一度も負けることなく引退した。

引退後
引退後のオーモンドは歴史的名馬にもかかわらず不遇の余生を送った。馬主のヒュー・ルパス・グロヴナーはオーモンドに大きな愛着を持っていたものの、イギリスに喘鳴症を持ったオーモンドの遺伝子が広まることを危惧し、数年間供用した後アルゼンチンに12000ポンドで輸出した。アルゼンチンでは成功することができず、続いてアメリカ合衆国へ31250ポンドで転売された。アメリカではオーモンデイルを出したが病気のため産駒数が少なく(10年以上供用されたが産駒数は16頭)、1904年、ついに呼吸困難に陥り殺処分された。遺体は一度埋葬されたがその後掘り出され、骨格がロンドンの自然史博物館に展示されている。生涯を通じて産駒数が少なかったため、その血を現在に伝えているのは、イギリスに残した少数の産駒のうちの1頭、オームの子孫に限られている。

オーモンド


※フリー百科辞典参照


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